赤塚不二夫さん死去 死因は肺炎
漫画家の赤塚不二夫さんが8月2日午後4時55分、死去された。死因は肺炎で72歳だった。少年サンデーに連載した『おそ松くん』が爆発的な人気となり、以後、『ひみつのアッコちゃん』『天才バカボン』『もーれつア太郎』とたて続けにヒット作を生み出した。これらの漫画から生まれた「シェー」「これでいいのだ」などのせりふやポーズも大流行した。赤塚不二夫さんは、『人生はギャグ』を信条に、酒を愛した自由な人だった。赤塚不二夫さんのご冥福をお祈りします。
赤塚不二夫さんプロフィール
- 本名:赤塚藤雄(あかつかふじお)
- 1935年9月14日 - 2008年8月2日
- 出生地:満州国(現在の中華人民共和国)、戸籍上は新潟県出身
- 血液型:A型
- 主な作品:天才バカボン、おそ松くん、もーれつア太郎、ひみつのアッコちゃん、へんな子ちゃん
青梅赤塚不二夫会館
- 所在地:〒198-0084 東京都青梅市住江町66番地
- TEL & FAX:0428-20-0355
- 開館時間:10:00~17:00
- 休館日:月曜日(月曜祝日の場合は翌平日)、年末年始
- 入館料:大人400円、小・中学生200円
- ※昭和レトロ商品博物館・昭和幻燈館との共通券もあります。
漫画家の赤塚不二夫氏死去 「おそ松くん」「天才バカボン」
「おそ松くん」「天才バカボン」などで知られる漫画家の赤塚不二夫(あかつか・ふじお、本名・藤雄=ふじお)さんが2日午後4時55分、東京都内の病院で死去した。死因は肺炎、72歳だった。旧満州(現中国東北部)出身。自宅は東京都新宿区中落合1の3の15。葬儀・告別式などは未定。
終戦で大陸から引き揚げ、奈良県で育つ。小学生時代に手塚治虫作品に感激し、漫画家を志した。中学を卒業して3年間、新潟市の看板店に勤めた後、昭和28年に上京。化学工場で働きながら、漫画雑誌への投稿を重ねた。
31年、「嵐をこえて」でデビュー。東京都豊島区椎名町にあったアパート「トキワ荘」に転居し、石ノ森章太郎や藤子不二雄らと腕を磨いた。34年には“赤塚ギャグ”のはしりとなる「ナマちゃん」が好評に。37年には「おそ松くん」「ひみつのアッコちゃん」が爆発的にヒット。続いて「天才バカボン」「もーれつア太郎」などのヒット作を連発し、“ギャグ漫画の王様”となった。ニャロメ、ウナギイヌ、レレレのおじさんなどのユニークなキャラクターを生み、「シェー」「ダヨーン」「これでいいのだ」などの流行語も数多く誕生させた。
平成9年12月に自宅で吐血して入院、食道がんが判明。その後も急性硬膜下血腫や脳内出血で緊急手術を受け、14年以降は創作活動を休止していた。昭和40年に小学館漫画賞(おそ松くん)、47年に文芸春秋漫画賞(天才バカボンなど)を受賞。平成10年に紫綬褒章を受章。15年には東京都青梅市に「青梅赤塚不二夫会館」がオープンした。<8月2日 産経新聞>